大成建設株式会社 設計本部
建築設計第二部 部長

川野(かわの) 久雄(ひさお)

1991年大成建設入社、以降札幌ドーム、
等々力陸上競技場メインスタンド、
ソフトバンクホークス筑後ファーム球場、
国立競技場等のスポーツ施設の設計を主に行う。

Q1

川野さんは当社設計本部で国立競技場をはじめとする数々のスポーツ施設づくりに携われてこられたと思います。今のスポーツ施設における課題点や可能性などについてお聞かせください。

A

【ながら観戦と通信技術による観戦スタイルの選択】
AIや通信技術の進化のスピードは計り知れません。
近未来のバーチャルな世界でスポーツ観戦が出来る時代もすぐにやって来ます。
すなわち、家に居ながらゲーム感覚、選手目線でスタジアム観戦が可能になるということです。

スタジアムの魅力は、ただ観るだけではなく、みんなでワイワイ言いながら、食事をしながら、買い物を楽しみながらといった、海外のスタジアムのような『ながら観戦』が重要と考えています。その観点からみても日本のスタジアムも変革期に来ています。

スタジアム内Wi-fiによって、バーチャル体験と実際の観戦が同時に楽しめるなど、『自分達で観戦スタイルを選択』出来る環境に変化すると考えています。コロナによってフェースシールドが一般化しましたが、スマホとフェースシールドが連動することで、シールド面に映像を投影することなども可能になります。感覚としては、音楽をスマホとヘッドホンで聞くのと同じことをバーチャル映像で体験できるような。スタジアムの観戦スタイルや生活スタイルの変革がすぐそこまで迫っているような気がします。

Q2

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開催が来年に迫る中、人々の新しい競技場への期待感が高まっていると思います。国立競技場を計画するにあたって、様々な関係者と協力して検討を重ねられたと思いますが、この計画において最も大事にされたことは何だったのでしょうか?

A

【微分と積分によってスタジアムを創る】
国立競技場はみんなのスタジアムとして、多くの人が携わり創り上げています。大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所の3社JV約500人が関わった大きなプロジェクトです。国立競技場は設計プロセスにおいても持続可能な建築として、構造・設備・仕上げをそれぞれ独立して計画し、それぞれが手分けしながらまとめ上げています。それぞれの分野で検討した『微分された内容を集積し積分する』ことで、多くの人の英知を結集することが出来ると考えました。
それぞれの、『個性の集合体によるワンチーム』で巨大なプロジェクトをまとめています。
このことは、団体スポーツも同じで個人のスキルを結集する手法です。

Q3

国立競技場は、全国から集められた木材を多用し、観客席も木漏れ日を感じさせる色とりどりの座席が配されるなど、明治神宮の森と調和した癒しのスタジアムになっていると思います。選手や観客など、様々な利用者にとって誰もが使いやすいのはもちろんのこと、+αの心的な効果をもたらす工夫が各所になされていると思うのですが、特に工夫したことや配慮したことがあれば教えてください。

A

【人間に優しいスタジアム】
みんなのスタジアムとは、周辺環境・公園利用者・観客・選手にとって、ユニバーサルな環境を実現した、文字通り『みんなのスタジアム』でなければいけないと考えています。
スポーツ利用者だけではなく、あらゆる人々が歴史や文化を感じられるスタジアムとして計画しています。スタジアム西側は居住地に面し渋谷川の記憶を継承したせせらぎを計画し、潤いのある環境を提供しています。また、旧国立競技場の塑像・炬火台・選手名盤を公園内に配置し、多くの人が楽しめる公園整備を行っています。
軒庇の木と内観の木と鉄のハイブリットによって、人々に安らぎを与え、心理的にも優しいユニバーサルな環境を提供し、木に包まれた競技環境によって選手の集中力が高まり、普段の力以上の能力を発揮することを期待しています。

Q4

国立競技場では、スポーツ観戦やコンサートなどのイベント以外でも訪れた人や地域住民が日常利用できる場として展望スペースなどが設けられていると思います。新国立競技場があることで周辺地域に寄与することや、まちの活性化につながることがあればお聞かせください。

A

【自分に合った居場所探し】
国立競技場は街なかスタジアムです。東京ドームも同じ街なかスタジアムですが、考え方が真逆です。東京ドームは商業中心のレジャー施設に対し、国立競技場は東京の貴重な緑をレガシーとして残し、継承するためのみんなの公園です。人が生活しやすく潤いのある、自然と癒合した空間の中で『憩う』ことが都市の中で重要だと考えます。テレワークで緑豊かな郊外で仕事をする人、都市の中の貴重な緑の森の中で仕事をする人。自分にあった居場所を見つけ、生活と仕事、スポーツと文化が繋がった環境になることで、みんなが自分に合った居場所を見つける行動を積極的に起こすことが、街全体の活性化に繋がると考えています。

Q5

近年大成建設が関わっている他のスポーツ施設でも、運動をする機能に加えて、周辺の自然を取り入れた公園や市民活動のニーズに対応する多機能な施設を備えることで、地域住民の利用や交流を促すスポーツ施設が増えています。これからのスタジアム&アリーナが地域に根差した建築として人々に親しまれるには、どのようなことに気を付ければよいと思いますか?スタジアム&アリーナがまちづくりに寄与する可能性についてお聞かせください。

A

【親近感の持てるスタジアム&アリーナ】
最近ではスタジアム以外の様々な場所でスポーツ選手のイベントが行われています。身近にスポーツ選手やアーティストと触れ合える環境が創られることで、特別感より親近感に移行していく必要がある。アーティストもみんなで育てるといった、親近感を重要視した社会に変化してきている。ユーチューバーも誰もがメディアを通じ発信し表現できる社会環境に順応した新しいスタイルだと感じます。
スタジアムやアリーナも象徴や地域のシンボルではなく、地域のみんなのための『親近感の持てるスタジアム&アリーナ』へと変化していく必要があると思います。そのためには、非イベント時の日常利用として、みんながスタジアムの空間をシェア利用できれば面白い。巨大な空間を自分達で利用方法を考えシェアする。スタジアムの売店を使用した料理教室を開いたり、地域の人が常に使用できるスタジアムへ運営方法を変化させていく必要があるのではないでしょうか。

Q6

最近では、世界的に新型コロナによる影響が様々な社会活動に出るなど、私たちの働き方や生活スタイルにも少しずつ変化が求められてきたと思います。
今の社会や時代、少し先の未来をどのように捉えて、スポーツ施設づくりに取り組んでいけばよいとお考えですか?

A

【多様性に対応した建築】
新型コロナによってマスクやフェイスガードと言ったファッションスタイルが一般化されました。フェイスガードはスマホのようにデジタル画面に変化し映像を映すことで、新しいデジタル環境を一新する可能性があると思います。パソコンやスマホ以上に自由で身軽に情報を取集出来、かつ、パソコン・スマホに出来ない『バーチャルな世界を気軽に体験』出来る可能性がある。このことによって、生活スタイルや観戦スタイルも大きく変化すると思うのです。
通信環境が今以上に発展した場合、テレワークが一般化していくでしょう。その場合、多くの施設のシェア環境が普通になり、スタジアムのラウンジで仕事をしている人が普通になってくるかもしれない。人々の価値観の多様性に対応した社会と建築を今から想像していかなければいけないと考えています。

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